1995

阪神・淡路大震災発生 阪急・阪神ともに甚大な被害を受ける

マグニチュード7.3の戦後最大級の直下型地震によって、鉄道や道路、電気・ガスなど都市インフラは壊滅的な被害を受けました。阪急電鉄では、神戸線の被害が特に甚大であり、高架橋の倒壊や軌道の土留擁壁の圧壊などが起こりました。また、伊丹駅で2編成の車両とともに駅舎全体が崩壊したほか、三宮駅で神戸阪急ビルの東館が半壊するなど駅舎も大きな被害を受けました。しかし、文字通り24時間体制で鉄道復旧工事に取り組み、震災から147日目の6月12日、神戸線は全線開通にこぎつけました。また、伊丹駅については、仮駅を設置して駅舎の全面新設を行い、1998年11月20日には「アメニティターミナル」として新しい伊丹駅が完成。1999年3月6日、伊丹駅への複線運転再開により、震災後4年2ヵ月で完全復旧を果たしました。復旧に要した工事額は、鉄道事業だけでも362億円(グループ全体では600億円超)にも上りました。
同じく阪神電気鉄道でも、鉄道を中心に大きな被害を受けました。最も被害が大きかったのは御影-西灘間の3.1kmであり、陸橋が8箇所で落下。また、石屋川車庫高架橋は全般にわたって崩壊・損傷したほか、その他の車両基地・軌道施設などの被害も甚大であり、126両の車両が全壊・半壊しました。被害総額は約481億円に上り、そのうち鉄道事業の被害額は454億円でした。阪神電気鉄道では「輸送奉仕」の名のもとに一致団結して復興に取り組み、6月26日、不通となっていた御影-西灘間の運転を再開し、160日ぶりに全線が開通。すべての鉄道施設の震災復旧工事が完成したのは、翌1996年3月20日のことでした。

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